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仙台高等裁判所 昭和47年(ネ)472号 判決

控訴人 日本専売公社

訴訟代理人 高橋正 中村均 宮村素之 佐渡賢一 首藤定雄 ほか六名

被控訴人 須藤さえ ほか一四五名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人らは「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者の事実上の主張ならびに証拠関係は、左記に補足するほか、原判決の事実摘示欄のうち控訴人と被控訴人らに関する部分記載のとおりであるからこれをここに引用する。

(控訴人の主張)

第一公共企業体等労働関係法(公労法)第一七条の合憲性

一  日本国憲法に定める労働基本権も、絶対的なものではなく、国民全体の共同利益の見地からする制約を免れない。

(一) 労働者の団結を基盤とする団体交渉は、労働関係における労働者の生活利益を自主的に確保するために行うものであり、争議行為は、その団体交渉を有効に展開するための手段である。ところで、右の団体交渉によつて自主的に確保しようとする生活利益は、個人が健康で文化的な生活を営むことができることをその内容とするけれども、他の個人を包容し全体としての生活秩序を形成し展開する国民社会の健全な発展に寄与するという観点から規定されることになるのは当然であり、右の生活利益そのものは制約を許さない絶対的なものではない。

労働基本権は絶対的な天賦の人権ではない。

(二) 争議権は、ほんらい免責的効力を基礎とするものであつて、市民法の一般原則では違法なものとして禁止されている業務の正常な運営を阻害する行為を、労働者がその経済的地位の向上をはかるため、相当な方法をもつて団体行動として行うことを許容し、これを正当化するという内容のものであるから、それが認められるためには、左の三つの要件が必要である。

1 争議行為は、主として労働者の経済的地位の向上をはかるという目的を達成するために、団体交渉を有効に展開するべく労務の提供の拒否という手段に訴えざるを得ないという事情のもとに行なわれること(経済的目的と手段の有効性・補充性)

2 争議行為は、労使がそれぞれの争議行為によつて自己の蒙むる不利益と相手方の主張・要求を容れ、自己の主張・要求を撤回することによる不利益とを比較考慮して、自己の意思を決定しうるだけの余裕と自由な判断の余地を持つという態様・程度のものであることが必要である(争議行為の自律的調整機能)。

3 争議行為によつて一方の当事者が得る利益と、これによつて相手方、または第三者である国民(使用者の取引の相手方、使用者が生産した商品やその提供する役務を利用する者など)、社会公共、国その他の公共団体のこうむる損害との均衡がとれていること(利益の均衡)。

したがつて、争議行為が一般的または個別的に著しく公共の権益を害し、法益の均衡を破るときには争議権は認められるべきではない。国民全体の共同利益が争議権を制約する一つの契機となる理由がここにある。また、団体交渉の妥結または労働協約の内容の決定についての使用者の権利・権限が法律上、事実上制約されている場合は、争議行為の自律的調整機能が正常に働かず、争議行為は労使の力の均衡を破るなどさまざまな弊害を伴う。

そのためには、争議権が一律・全面的に保障されるためには、次の三つの条件がみたされることが必要である。

1 争議行為の影響の及ぶ範囲が、もつぱら私的利益の領域にとどまり、国、地方公共団体もしくは社会公共の利益や国民生活上の利益の領域に及ばないこと。

2 労使が労働関係の調整につき完全な自主性を持ち、自律的調整機能を営なみ得ること。

3 争議行為を認める以外により合理的な手段、方法がないこと。

二  憲法第二八条は、争議行為を含む団体的自治よりも有効かつ合理的な手段の選択を禁止するものではない。

(一) 近代国家における多くの立法は、一般的には、労働組合を一方の当事者とする団体としての交渉によつて労働条件を決定させることが、労使の利益の均衡点で労働条件の内容を決めるについて有効であり、公正かつ合理的であるという理解にもとづき、労働条件の決定を労使の自主的な交渉(私的自治)にゆだねるという方法を選択している。憲法第二八条が労働基本権を保証する旨を規定しているのは、右の趣旨に則り、団結および団体行動の自由ないしこれについての保護を、一般的には、法律秩序のなかで是認すべきであるとの原則を宣言したものにほかならない。したがつて労働基本権の内容および保証の限界も、右のような法の目的によつて規定されるのである。

(二) すなわち、経営主体の営なむ事業、経営、もしくはその担当している機能または労働者の地位、職務内容のいかんによつては、労働者の団結や団体行動が国民社会を構成する国もしくは公共団体の公共的機能の実現を妨げたり、社会の公共的機能を著しく害することがあり、このような場合には、私的自治を全面的に認めることは妥当とはいえないので

1 国や公共団体が法律により、または法律にもとづいて、諸利益の均衡点で労働条件を規定すること

2 労使に自主的交渉を認めるにしても当事者間で解決がつかない場合に、両者に対して中立的な立場にたつ第三者をして諸利益の均衡点で労働条件を決定させるという方法を選択すること

3 私的自治を認めるとしても、争議行為については、これを禁止し、またはその態様を規制したり、制限したりすることなどの方途が採用されることになる。

憲法第二八条は、右のように、団体的自治以外の手段を選択することを公正かつ合理的とする場合にも労働者に一律かつ全面的に労働三権を保障する旨を規定したものではない。憲法は、法理上労働三権を保障するに足る実質的理由があり、かつその理由の存する限度において、これを法的に保護しようとするものであつてこの限界を超えて法的保護を与えるものではない。

三  労働基本権の制約は国会の裁量事項である。

(一) 一般に、公労法に定める日本国有鉄道、日本電信電話公社、日本専売公社(控訴人。以下公社という)の三公社および同法第二条二項所定のいわゆる五現業については、それぞれの業務の運営の阻害が、国または国民経済もしくは国民生活に及ぼす影響は、必ずしも一様ではないが、国がその事業を国営とし、またはこれに準ずる公共体である公共企業体に委任して経営するということは、少なくとも、その事業については国の責任において業務の正常な運営を確保しなければならないとの判断にもとづくものであり、そして、どのような事業を国の責任において経営し、管理するかということは立法機関の裁量に委ねられるべきことである。

(二) そして公社の事業も、原判決事実摘示欄三〇丁以下に記載するような公共性を持つ。

1 まず、公社は、国に専属する専売権にもとづき、国の委任を受けて、葉たばこの買収、たばこの製造・販売ならびに葉たばこおよび製造たばこの輸入を独占する(完全専売)ものであるが、右事業を行なうため、昭和四五年四月一日当時において支社一、地方局一六、たばこ工場三八、原料工場一六、支局四五、出張所四七〇、葉たばこ取扱所三六八、たばこ販売所五〇等を設けており、昭和四四年度の生産数量は、フイルター付たばこ一、八七二億本、両切たばこ二八四億本、口付たばこ六億本、きざみたばこ四五万キログラム、パイプたばこ七万キログラム、葉巻たばこ八二九万本である。

これらのたばこは、輸出用のフイルター付たばこ六億本を除き、すべて国内需用に応ずるものである。

このようにたばこは、成年男子の八〇%、成年女子の一五%にあたる愛好家にとつて、生活必需品ともいえるものになつている。そしてたばこの愛好家は、山間僻地を問わず、全国いたるところに住んでいるのであるから、これらの愛好者に均等、良質のたばこを絶やすことなく確実に供給することが専売公社の使命とされている。

したがつて、その事業が独占的であることはもとより、たばこの需要が全国的範囲のものであつて、たばこに対する需要が切実であることに徴すれば、公社の事業の公共性は強度であるといわなければならない。

2 そして、公社は、たばこと同じく、塩の買収、販売、輸入を独占し、その事業を行なうために、全国に昭和四五年四月一日当時において前記支社、地方局のほか支局三九、出張所一五五、塩取扱所二五等を設けており、昭和四四年度の販売数量は、一般用塩一四五万トン、ソーダ用塩五三七万トンである。

そして塩は、すべての国民の日常生活に欠くことのできない必需品であるのみならず、化学工業の基礎原料としても大量に使用されていて、いずれも代替性のない物質である。したがつて、事業の独占性、供給地域が全国に及んでいること、塩が不可欠の必需品であることに徴すれば、その供給を確保する専売公社の事業の公共性も強度であることは明らかである。

3 以上のようにたばこ、塩の販売等により直接国民経済における需給の均衡・調整をはかることが公共性の内容をなすほか、公社は、その事業を通じて葉たばこ耕作者等関連民間産業の指導、助成、監督を行なつており、これらの者の生活利益の向上に資する事業を営んでいるので、この面からも公共性を否定することはできない。

4 そしてもつとも重要なことは、国が自ら事業を行ない、または公共企業体に委任して事業を行なわせるということは、その事業の運営による収益を国または地方公共団体の財政収入の資源にあてるという目的を持つことである。

公社は、専売事業による収益(専売納付金)を国庫に納付するのであるが、その金額は国の歳入予算のなかに計上され、それが納付されることを前提として歳出予算が決められる。

また、たばこ消費税は、地方税として地方公共団体に納付されるが、それは地方公共団体の確実な財政収入源として重要視されている。

その財政収入は、国または地方公共団体が、その公共的機能を実現するための経済的基礎をなす。そして、国または地方公共団体は、国民社会または地域社会における重要な政治団体として、その社会の秩序を維持するのみならず、その健全な発展をはかるための諸政策を決定、実施し、国民または住民の福祉の増進、文化、教育の向上などの活動をいとなむものであり、その財政収入は、国民または住民に還元される。

したがつて、その財政収入を得させるための公社の事業の運営が公共性を有することは明らかである。とくに国民または住民の健康で文化的な生活を確保し、その福祉を向上させるため、国または地方公共団体に課せられる責務は、日をおつて重くなつてきているのであるから、それに相応してその財政収入を確保することの重要性も増してくるのである。

公社が、国庫に納付する専売納付金および地方公共団体に納付するたばこ消費税の額ならびに間接税中最も大きい比率を占める酒税の額は次のとおりである。

年度

専売納付金

たばこ消費税

合計

酒税

四四

二五五、八四四

二一九、九三四

四七五、七七八

五五七、七五四

四五

二七二、三〇九

二四二、九九七

五一五、三〇六

六一三、六〇六

四六

二八九、六七八

二六五、四七六

五五五、一五四

六〇九、四八五

四七

三三六、七一八

二九四、二七二

六三〇、九九〇

七一五、九四九

四八

三五六、一三八

三一九、六〇〇

六七五、七三八

七九一、六〇〇

そして専売事業は、このような財政収入を確保することを直接の目的として営まれるものであるから、それは、租税の徴収とその実質を同じくするものである。

そうしてみれば、国または地方公共団体の徴税事務が一刻たりとも停廃することが許されないと同様に、専売益金を産み出す作業もその停廃を許すべからざるものということができる。

この意味において争議行為による公社の業務の停廃は、国または地方公共団体の財政収入を阻害し、その公共的機能の実現を、ひいては国民または住民の生活に重大な障害をもたらすことになる。

5 以上の次第で、被控訴人ら専売職員が争議行為を行なうときは、(イ)国または地方公共団体の財政収入を害し、(ロ)強度の公共性をもつ公社の事業の遂行を阻害し、その公共的機能の実現に障害をもたらし、(ハ)たばこまたは塩の需要者、関連民間業者(特に塩の製造業者、葉たばこの耕作者、たばこまたは塩の販売業者)の生活に障害を与える、という結果を招来する。そうとすれば、公社の業務の正常な運営を確保するため、その労使関係について私企業と異なつた取り扱いをすることは許されてしかるべきである。

6 もともと、公共企業体の職員の労働基本権を制限しうるかという問題を考える場合には、理論的には、労働基本権と、これと対立するもろもろの権益ーーーこれには、公共企業体等の権益、労働者個人の権益、一般市民の権益ならびに、国民社会または国の公共的権益などがあるーーーとの限界をどこに画することが利益の配分との均衡の調和をはかり、国民社会の健全な発展に寄与するか、ということを考えなければならないのであるが、これについては、団体的自治により職員の生存を確保することと、公共の権益の担い手である公共企業体等の業務の正常な運営を確保することの必要性に対する考慮が、重要な部分を占める、ということができる。

しかしながら、労働基本権とその他の権益との限界は、必ずしも固定的なものではなく、社会と時代とを異にするに従つて相対的である。特定の時代における特定の社会における具体的な諸条件ーーーとくに、経済的条件や労働運動の実態などーーーによつて、団体的自治を保障・擁護することの必要と公共企業体等の業務の正常な運営を確保することの必要の程度は、必ずしも、一様とはいいえないからである。ことに、労働運動の実態ないし労使関係の実情にかんがみ、労働基本権、とりわけ争議権の行使を労働者の自主的判断にもとづく自己規制にゆだねた場合、公共企業体等の権益や公共の権益が十分に確保できるか、ということが考慮にいれられなければならない。

このように、公共企業体等の職員の労働基本権に対する制限は、現時点で、わが国に与えられている社会的・経済的諸条件の具体的な認識を基礎とし、権益の適正な配分と調和により、国民社会の健全な発展をはかる、という目的合理性をも考慮にいれて政策的に判断され、定められることになるのであるが、これらの認識および判断は、実態の把握と将来に対する予測を含むものであるから、ひとびとの間に、かなりの差異のあることは、これを否定しえないところである。

したがつて、これを実定法化する場合においても、公共企業体等の職員の労働基本権に対する制限には一定の公正かつ合理的な限界が画されるにしても、その限界内では、国会の合理的裁量にゆだねなければならない。

三公社五現業の職員も、使用者のために労働し、その対価として賃金を得るという意味においては、労働者(勤労者)の概念に含まれるものであるけれども、その従事する職務が、前述のごとき国営企業または公共企業の事業目的の達成に向けられているという意味で、公共的性格を帯びている。もつとも、その職員のなかには、その事業の管理的業務や業務の運営に直接たずさわつているものもあるであろうし、また、これらと直接関係のない業務を担当しているものもある。したがつて、これらの職員について、その服務関係や労働基本権の制限等について、別異の取扱いをすることにも一理はあるが、それらの職員は、全体的に総合され、組織されて、国営企業また公共企業の経営活動を組成しているものであるから、これらの職員を一律に取り扱うことには相当な理由があるのであつて、一律的な取扱いをするか、職務内容によつて異なつた取扱いをするかは、立法機関の裁量に委ねてさしつかえない。

7 最高裁判所大法廷昭和五二年五月四日判決(いわゆる全逓名古屋中郵判決)は、憲法第八三条の財政民主主義の原則上、直接、間接、国の資産の処分・運用と密接にかかわりのある三公社の職員の勤務条件は、国会の意思と無関係に決めることはできず、財政に関する一定事項の決定権を一定の留保を付して使用者としての政府または三公社に委任することも国会の裁量にもとづくものであるといい、現行法制が、非現業の公務員、現業公務員、三公社職員、それ以外の公共的職務に従事する職員の三様に区分し、それぞれ程度を異にして労働基本権を保障しているのも、まさに右の限度における国会の立法裁量にもとづくものにほかならない旨を判示している。同判決は、国会がその立法・財政の権限にもとづき、国民全体の共同利益を擁護する見地から、勤務条件の決定過程が歪められたり、国民が重大な生活上の支障を受けることを防止するため必要やむを得ないものとして、これらの職員の争議行為を全面的に禁止したからといつて不当な措置であるということはできない旨判示し、国会の裁量の妥当性を認めているのである。

8 三公社五現業の事業は、国の公共的な政策を遂行するものであり、その労使関係には市場の抑制力が欠如しているので、争議権は、適正な勤務条件を決定する機能を十分果たすことができず、競合する国民の諸要求を公平に調整すべき行政当局や国等に対し一方的な圧力と化し、勤務条件の公正な決定過程を歪めるおそれがあることも、前示最高裁判決の判示するところで、国会によつて三公社五現業の職員の争議権を規制する根拠となつている。

四  いわゆる代償措置について

これまで述べてきたように、公社の職員については争議権が禁止されることも国会の裁量事項に該当するものであるうえに、日本専売公社法は公社職員について法律で身分の保障をし、給与の準則を定めるとともに、公労法は当局と職員の紛争につきあつせん、調停および仲裁の制度を定めているのであり、これらの制度は、団体交渉権を付与しながら争議権を否定する場合の代償措置としてよく整備されているものであり、職員の生存権擁護の手段として欠けるところがない。

五  以上の次第で、国会がその裁量によつて定めた公労法第一七条一項は合憲であり、公社の職員にも適用さるべきことは当然である。

第二本件争議行為の違法性

一  争議にいたるまでの経過

(一) 昭和四四年二月二五日(以下とくに年を表示しないものは、昭和四四の月日である)全専売労働組合(以下「組合」という)本部(以下「本部」という)は、公社本社(以下「本社」という)に対し、

1 一月一日以降の基本給の引き上げおよび個別基本給の是正(いわゆるベース・アツプ。組合員一人平均一一、五〇〇円の原資をもつて、基本給を引き上げることなど)

2 年度末手当の支払い

3 通勤手当等各種手当の改正

4 時間短縮および休日休暇等の改善

5 各種事業計画の公開

等三三項目の要求を提示して団体交渉を求め、その要求に対する回答を三月一〇月までに文書をもつてすることを求めた。

同日本社は本部に対し、八項目の協議事項および九項目の縣案事項について協議申入れをしたが、その趣旨は、賃金要求との関連についていえば、ベース・アツプによる経費の増大を企業内の努力で吸収するためには、公社の各事業部門において経営の合理化・近代化を実施しなければならず、これについて組合の了解を求める必要があつたからである。

(二) そして二月二五日、労使の基本的姿勢を明らかにするいわゆる幕明け交渉が行なわれたが、その際本社が賃金問題については前広に受け止めていきたい旨発言したのに対し、その後の交渉段階で本部は、前広とは調停段階で決着をする姿勢かという質問を発しているのであつて、このことからすれば、本部は、賃金問題を第三者機関である公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)が介入した段階で解決する意思であつたことが明らかである。

(三) 本社は、昭和四四年の賃金交渉においても、労使間の団体交渉を通じて、平和裡に誠意をもつて自主的に解決することを基本方針として臨んだのであるが、自主的解決を図るにしても制度上の制約が存在する。これを要約して述べれば、次のとおりである。

1 職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならず、また、生計費ならびに国家公務員および民間事業の従業者の給与その他の事情を考慮して定めなければならない旨明定されている(公社法二一条)。したがつて、職員の給与は、その職務と責任に相応した、国民が納得するものでなければならない(そのために2で述べる公的統制管理が行なわれる)が、現実には民間賃金との均衡が重要視され、とくに昭和三九年以降は、その傾向が顕著にあらわれている。

2 公社は、本来国に属する専売権にもとづき、国の委託を受けて、専売事業を行なうという公的機能を営む全額政府出資の公法人として設立されたものであつて、国および地方公共団体の財政収入を確保し、たばこおよび塩の供給の安定と需給の調整をはかり、併せて、たばこの耕作者、小売店、塩の生産者、販売店の指導・育成を図り、専売事業の成果は、あげて国および国民社会に還元するという高度の公共性を有する事業を営むものである。

右のごとき公社の公的機能ないし事業の公共性にもとづき、公社は、その財政上および業務上、事業の運営につき国会または政府の監督を受け、その公的統制・管理に服している。

とくに職員の給与についていえば、予算で決められた給与総額を超える支出をするには、予算の流用または予備費の使用について、大蔵大臣の承認を受けるか、または、国会の予算措置にまたなければならないのであるから、これらが得られる見通しがなければ、責任ある自主的解決を図りえないのである。

かように、公社は、その業務の運営上、財務および業務の面で公的統制に服するのであるが、この制約の範囲内で、自主性を発揮して交渉にあたり、解決するよう努力しているのである。

そして、組合もまた、公社の自主性(当事者能力)に制約があることを認めつつ、制度上その制約を緩和することを求めている。

(四) 三月一〇日、本社は本部に対し、新賃金について、

1 組合員一人当り一一、〇〇〇円の原資をもつて基本給表を改定することおよび高校卒の初任給を三三、〇〇〇円とすることについては、生計費ならびに国家公務員および民間事業の従業者の給与その他の事情を考量し、目下検討中である。

2 組合員一人当り五〇〇円の原資をもつて個別基本給の是正を行なうことはできない。

旨を文書で回答し、他の要求項目については、本社の考え方を協議の中で口頭により(必要に応じ、資料等は文書によつて)十分明らかにする旨の回答をした。

なお、同日組合仙台地方部(以下「仙台地方部」という)は、公社仙台地方局(以下「仙台地方局」という)に対し、中央要求のほか地方部要求を提示し、組合山形工場支部(以下「山形工場支部」という)は、公社山形工場(以下「山形工場」という)に対し第二次要求を提示した。

本社が、三月一〇日、右のごとき回答をしたのは、当時本社は、職員の生計費調査をとりまとめ総理府が行なつた生計費調査、国家公務員の給与水準、民間賃金の資料の蒐集・検討を行なつている段階であり、また、民間では賃金のベース・アツプはほとんど決まつていなかつたので、本社としてはベース・アツプについて、その内容にたちいつた責任ある回答はとうていなしえなかつたからである。

(五) ついで三月一八日、本社・本部間で、公社の当事者能力、長期経営計画等について団体交渉が行なわれ、三月二五日以降、本社および本部の幹部各数名をもつて構成される全体委員会で、右と同様の問題を討議したが、賃金問題以外は三月二七日に妥結した。

なお、仙台地方局、仙台地方部間の地方部要求に関する交渉、および山形工場・山形工場支部間の職場要求に関する交渉も妥結した。

(六) この間三月一七日に本部は、三月二四日以降の勤務時間内くい込み行動の指令権を各地方部に委譲することおよび三月二七日の勤務時間内職場大会を配置することを決定し、翌三月一八日、勤務時間内くい込み行動の指令権を各地方部に委譲することを指令し、翌一九日には、同二七日の勤務時間内職場大会は、全国の工場のほか地方局等でも実施することを指令したので、本社は、三月二〇日本部に対し、仙台地方局は、三月二五日仙台地方部に対し、山形工場は、三月二四日山形工場支部に対し、それぞれ、かような業務阻害行為は法の禁止するところであるのみならず、組合要求について交渉中に正常なルールを無視して違法不当な行為をすることは容認できず、かような行為を行なわないよう、またかかる違法、不当な行為を行なつた場合には、相当な処分をとらざるをえない旨の警告を発した。

しかし三月二四日、山形工場支部は食堂等にビラはりを行ない、同二六日には新賃金要求、職場要求等について、勤務時間内くい込み課長交渉(くい込み時間二三ー二九分、参加人員四四二名、減産、巻上一、三八九、〇〇〇本、包装一、四〇一、〇〇〇本)を行なつたので、山形工場はこの間その解散をよびかけるとともに、この違法不当な行為に対して警告を発した。

(七) ところで、残された賃金問題については、本社および本部の賃金問題の専門家を委員とする小委員会で討議することとなつたが、賃金小委員会では、消費者物価の上昇、生計費調査、公務員および民間賃金との比較などに関し、それぞれ資料を提出して、その検討など、主として技術的な問題についての応酬を重ねた。

そして、四月八日の団体交渉において、本社は本部に対し、民間賃金が賃上げの方向にあることにかんがみ、本社も賃上げの方向で賃金問題を検討する旨の回答をした。

(八) ついで、四月一五日の団体交渉において、本社は本部に対し、「公社は、専売事業を永続的に発展させるため、経営の改善、生産性の向上を図らなければならず、そのためには職員の協力を必要とする。この基本的立場から賃金問題を考えると、組合の要求をそのままのむことはできないが、一面、消費者物価の上昇が生計費に影響をおよぼしていること、一般の公務員給与については将来あるべき人事院勧告に対処するための措置として予算に組み込まれていること、民間の賃金の動向が公社の賃金決定にあたつてかなり大きなフアクターであり、現在全般的な状況を適確に把握できる状態ではないが、傾向としては賃上げの方向にあることは認める。賃金問題について最終的な決定をする過程として、少なくとも五パーセントを下まわらない方向で、今後の民間賃金の推移と合わせて検討していきたい。」と口頭で回答したのに対し、本部は、さきの要求を維持しつつ組合の基本的な立場を明確にし、本日の公社回答を明らかにして、調停申請の手続をとる旨口頭で明らかにしたので、本社は、組合が調停申請の手続をとることはやむを得ないが、四月一七日に予定しているストライキについては回避するよう強く口頭で要請した。

本社が右のように五パーセントを下まわらない方向で、賃上げを検討中である旨回答したのは、公務員の給与改善費として予算に組み込まれている額が、給与の五パーセントであることにかんがみ、国家公務員の給与とのバランスを考えたが、民間賃金では鉄鋼が決まつただけで、公共企業体関係で、給与決定に際し重要な要素となる大手企業のベース・アツプが決まつていなかつた段階なので、五パーセントをベース・アツプの最少限とし、民間賃金の動向を見きわめた上で総合判断をし、自主的交渉を重ねて解決を図るという趣旨であつて、最終回答ではない。

これに対し本部は、五パーセントを下まわらないという数字が出たことは、公社が努力し、一歩前進した姿勢であることを認めながら、回答を不満として調停申請の手続をとる旨述べたのである。

(九) その間、四月三日仙台地方部はストライキ投票を実施し、山形工場支部では投票総数五三二票中賛成が四二三票であつた。

ついで、四月九日、本部は、四月一七日に山形工場等を拠点としてストライキに突入できるよう準備を指令し、山形工場支部は、四月一〇・一二日の両日職場大会を開催するとともに、同一二日、工場の食堂、廊下、正門等に多数のビラハリを行ない、四月一四日ストライキ宣言文を食堂等に掲示するとともに、同日重ねて職場大会を開催してストライキ宣言を決議した。

そこで本社は四月一二、一四、一六日本部に対し、仙台地方局は四月一四、一六日仙台地方部に対し、山形工場は同一四、一六日山形工場支部に対し、それぞれ前記(六)と同様の警告を発した。

なお、山形工場では、四月一五日職員に対しても同様の警告文を各人宛に郵送している。

(一〇)しかるに本部は、四月一六日、ストライキ突入に関する指令を発し、その結果山形工場においては、包装部門において勤務時間内くい込み行動が行なわれることになつた。

なお、同日山形工場支部は、職場大会を開催するとともに多数のビラはりを行なつた。

二  山形工場における勤務時間内くい込み行動(本件争議行為)とその後の経過

(一) 山形工場においては、四月一七日午前八時の始業時刻から、包装課に勤務する原告ら一六七名は、いつせいに勤務につかず、勤務時聞内くい込み行動(本件争議行為)を行ない、同日午前一一時一〇分までこれを続行した。

(二) この本件行動に際し、山形工場は、四月一五日以降構内の事務室、食堂、廊下、作業現場など職員の目のつくところに、組合の要求について交渉中であるにもかかわらず、正常なルールを無視して違法不当な行為をすることは容認できず、かような業務阻害行為は法の禁止するところであり、かかる違法不当な行為を行なつた場合相当な処置をとらざるを得ないこと、また、万一勤務時間内くい込み行動が行なわれてもこれに参加せず就労の意思のある職員は、四月一六日午前中に申し出るべき旨の警告文を掲示したうえ、これに参加しないよう、また右掲示を見るよう再三放送し、さらに同一七日、本件行動に参加しようとする職員に対し就労の呼びかけを行なうとともに、山形工場支部に対し、本件行動により職場を放棄して開催中の集会をただちに解散し、職員を職場に復帰させるよう再三にわたり通告した(二回以降は、復帰させないときは、厳正な措置をとらざるを得ない旨をも予告している。)のであるが、山形工場支部は、これを無視して本件行動を行なつたものである。

(三) 包装課の業務は、巻き上げたたばこ(ハイライト・わかば)を二〇本入の箱詰にしたうえ、セロハンで上包みし、これを二〇個づつボール箱に詰め、ろう紙で包装し、さらにこれを二〇個づつ段ボール箱で包装する作業のほか、巻き上げたたばこを巻上の職場から包装の職場まで運搬する作業をも含んでいる。

そして、包装機の回転数は一定しているので、一定時間包装の業務が行なわれないと、その間に失われた作業量は後に取りかえすことができないものである。

(四) 右のごとく原告らの行なつた三時間一〇分にわたる本件争議行為により、山形工場包装課における業務が行なわれなかつた結果、この間に包装すべかりしであつたハイライト四、八〇三、〇〇〇本、わかば五、八八四、〇〇〇本の包装ができず、それだけ減産になつた。その損害額は、国庫納付金、消費税相当額等、国または地方公共団体のこうむる損害を含めて約二三、七七〇、〇〇〇円となる。

(五) なお、四月一八日、本部は公労委に対して調停申請を行なつたので、本社は調停段階で円満に解決をはかろうとしたが、調停申請当時は民間賃金の動向が未確定なので、本社としてはさらに調査を続行した。

そして、四月二〇日に第一回の事情聴取のなかで、本社は右のような事情を述べ、四月二八日には民間賃金の動向もほぼ把握できたので、前年程度のベース・アツプを考慮したい旨、自主的に判断して意見を表明した。当時本部は、当初の要求を譲歩するという姿勢を示していない。

そして、四月二八日以降徹宵して調停が行なわれたが、本部は、四月三〇日にいたり、一一、〇〇〇円の要求は、必ずしも固執しない旨を表明するにいたつたものの、労使の歩み寄りがえられず、五月二日調停委員会では、委員長が「公労法上の職員………の基準内賃金を………四月以降一人当り八パーセント相当額プラス一、〇〇〇円の原資をもつて引き上げる」という解決案を示して調停案作成に同意を求めたが、労使委員の賛成を得られず、調停は不調となつた。

そこで公労委は五月二日、新賃金調停事件の仲裁移行の決議をなし、事情聴取を行なつたうえ、五月一四日、右解決案と同旨の仲裁裁定を行なつた。

三  本件争議行為は、スケジユール斗争、スト権奪還斗争の性格をもつものであり、違法である。

(一) 本件争議行為にさきだち、.公労協は、四月二日全国代表者会議を開催し、四月五日から同月一九日までの間を公労協第一波統一行動期間とし、同月一七日に予定されている民間単産ストライキ等と結合し、民間単産の賃金相場の引上げと公労協の賃金回答引出しを目標に、三時間程度の第一波統一ストライキを行なうとのスケジユールをたてていた。

(二) 右春闘における最大の課題が職員の賃金問題(賃上げ)であることはいうまでもないが、この問題については、前述のように、公社は、本社、本部の賃金問題を専門家を委員とする小委員会で検討を重ね、組合に対し、四月八日の団体交渉では、賃上げの方向で賃金問題を検討する旨、また四月一五日の団体交渉では、少なくとも五パーセントを下廻らない方向で、今後の民間賃金の推移と合わせて検討していきたい旨の有額回答をしていた。

公社が、このような形で有額回答をしたのは、昭和四四年度がはじめてであり、三公社五現業のうちこのような有額回答をしたのは、公社のほかには一社だけであつた。

(三) ところで、右四月一五日段階にあつては、公社職員の賃上げについて重要な要因をなす民間賃金の賃上げの動向は、まだ適確に把握できる状態ではなかつた。

この公社の回答額(約二、三〇〇円)は、組合の提示した要求金額一一、〇〇〇円とは、かなりの隔りがあつたけれども、公社は、民間賃金の動向を見定めて、適正妥当な賃上げをする意向を持ちこれを組合に示しているのであるから(当時組合は、その要求を譲歩する態度は、全く示していない)、公社・組合間で団体交渉を重ねるならばーーーとくに組合の申し立てによる公労委の調停の場においてーーー組合が争議行為に訴えるまでもなく、団体交渉による自主的解決を期待しえたのである。

組合も、調停の場における自主的解決を期待していたことは明らかである。

(四) したがつて、公社、組合間においては、調停申立以前であつても、当時、争議行為に訴えなければ、職員の公正な勤務条件の決定ーーー経済的地位の向上が望みえないという事情はなかつたのにもかかわらず、組合側は、前記公労協のスケージユールに従い、本件争議行為に及んだものであるから、争議権の濫用にあたることは明らかである。

(五) また、被控訴人らを組合員とする全専売労働組合は、上部団体である公労協の統一指令のもとに昭和三〇年代後半よりいわゆるスト権奪還闘争を展開し、公労法によつて禁止されているにもかかわらず、違法な実力行使をくりかえし、昭和四四年春闘時においても二月下旬から三月下旬にかけて、業務阻害行為を各所で行つているのであつて、本件争議行為も、その一還にほかならない。それは実力行使によつて既成事実を作りあげ「公労法の枠の拡大」から「公労法の空洞化」に発展させることを意図したものである。

それであるからこそ組合は、これまでに述べたように、全くやむをえない事情がないのにあえて本件争議行為を行つているのである。

(六) 加うるに、組合は、公労協の統一指令のもとに、他の二公社・五現業の職員が組織している組合と一体となつて、本件争議行為を行い、その争議行為による威力を結集して、公正な第三者機関として、賃金問題の適正な解決を図ろうとしている公労委に圧力をかけようとするものである。

そうしてみれば、本件争議行為は、公社の業務の正常な運営を阻害し、公社の公共的機能の実現を妨げて、国民全体の共同利益を害するという以上に、公労協の組織を挙げて三公社五現業の業務の正常な運営を阻害し、国民生活に重大な障害を及ぼすことを目的とし、かつこれを実現したものであり、さらには、公労法とこれに基づく制度そのものを否定するものにほかならない。

(七) 公社の職員は、日本専売公社法第二五条に基づき法令遵守義務を負うものであり、国民に卒先して法令を遵守し、誠実にこれを執行する立場にある。それにもかかわらず、被控訴人らが、公社の再三にわたる警告を無視し、これまでに述べたような規模、態様において、公労法一七条一項を無視し、争議行為を行うことは、右の義務に違反するものであり、その違法性の程度は強く、責任は重大であるといわなければならない。

第三本件争議行為参加者の責任と懲戒処分の正当性

一  本件争議行為が公労法一七条一項に違反して行われたという点で違法であるのみならず、その違法性の程度が強いことは、前記二において詳述したとおりである。

その争議行為は、組合役員が企画・決定し、組合員に指令して実行させたものであるが、その指令は、前記のごとく違法であるから、組合員たる被控訴人らは、その指令に従う義務はない。その指令を拒否して、誠実にその職務を遂行することこそ、要求されるのである。

被控訴人らが、その意思に基づき、積極的に本件争議行為に参加したものであることは、原審本人尋問の結果によつて明らかである。

そうしてみれば、被控訴人らは、本件争議行為に参加したことによる服務規律上の責任を問われても仕方がないといわなければならない。

二  組合は、昭和三〇年代末頃から業務阻害行為を行つてきたのであるが、公社は、昭和四一年までは責任の程度に応じ、主として本部、地方部、支部の幹部について、いわゆる幹部責任を追及し、これらのものに対して懲戒処分を行い、その他の参加者に対しては、厳重注意あるいは訓告などという行政上の措置をとるにとどめた。

しかし、右に述べた程度の処分、措置では、業務阻害行為の発生を防止することはできず、また、再三の措置や警告にもかかわらず、これを無視して業務阻害行為に参加するというのでは、その違法性が強く責任も重いと考えざるを得ないので、昭和四二年以降は、業務阻害行為に参加したものに対しても懲戒処分を行うようにしたのである。

本件争議に参加した被控訴人らに対する戒告の処分も右の趣旨に従つてなしたものであり、被控訴人らが本件行為に参加したことに対して、なんらの処分もせず放置したならば、かような行為が頻発し、公社に委任されている国の専売事業の健全な運営を期待することができず、また公社の公共的な業務を運営するために維持しなければならない企業秩序が乱されることとなるので、企業秩序を維持し、公社の事業の健全な運営を図るため、やむをえない最少限度の措置として本件処分を行つたものである。

三  公社は、被控訴人らに対しては、懲戒処分としては、最も程度が軽い戒告(その内容が原判決事実摘示第二、五、(四)、1記載のとおりであることは認める)を選択して、これを課したものである。

そうしてみれば、公社の行つた裁量は、正当なものといわなければならない。

四  もともと、公社職員に対する懲戒処分は、公社職員の勤務関係についての秩序を保持するため、公社職員に職務上の義務違反その他公社職員としてふさわしくない非行があつた場合、その責任を明らかにし、その将来を戒しめるものであり、これによつて懲戒処分を受けた本人だけでなく、一般職員に対しても訓戒的効果を及ぼし、もつて綱紀の粛正規律の保持を達成しようとするものである。

このように懲戒処分は、組織内の秩序維持のため課せられる法的責任であるから、非違行為に対して懲戒処分を課するかどうか、これを課する場合にいかなる内容の処分を選択するかはその組織内の事情に通じていると共に、組織内の秩序維持についての責任を有している懲戒権者であつて始めて可能である。

本件懲戒処分の原因となつた被控訴人らの行為は、公社の度重なる警告を無視して、全専売労働組合の実施した公労法一七条一項に違反する争議行為に参加し、昭和四四年四月一七日午前八時から同一一時一〇分までの間その勤務を欠いたものであるが、この行為は公社の規律を乱すものである。公社の業務は、職務分担を異にする多数の職員によつて組織的に遂行されており、この業務の遂行が適正かつ能率的に行われるためには組織内の規律が保持されることが絶対に必要である。職員がほしいままにその職務を放棄することが放任されるならば組織としての機能は失なわれるに至ることは明らかである。

しかして規律違反行為の違法性は、その結果生じた実害の大小広狭によらない、すなわち組織としての規律は職員が常時法令及び上司の指示に従つて職務を遂行する態勢に在ることによつて保持されるものであり、職務懈怠の結果が小さいとして、不問に付すことは、重大な業務上の支障を惹起する源となるのである。

さらに、本件争議行為は、前記第二、「本件争議行為の違法性」において詳述したように違法性の強いものであり、また、被控訴人らが単純参加者であることが被控訴人らに対して懲戒処分を行うことの妨げとならないことは前記第三の二において述べたとおりである。

以上の次第であるから控訴人が懲戒処分としては最も軽い戒告を選択してなした本件懲戒処分はいささかも懲戒権の濫用ないしは裁量権の範囲を逸脱したとの非難を受けるものではない。

(被控訴人らの主張)

第一公労法第一七条の違憲性

一  労働基本権保障の目的ーその不可欠性ー

(一) 労働基本権の生成過程

近代市民法は、自由で、平等な人間関係を前提において、契約の自由を原則とした。しかし、資本と労働者の関係は、実質的に平等・対等なものではあり得ず、このため労働者は、「自由と平等」の名のもとに締結された労働契約により、逆に自由と平等を実質的に奪われ、一方的に資本に従属を強いられることになり、人間らしい生存を維持するに足る労働条件を確保することができなかつた。それは、労働者の、経済的貧困をもたらすにとどまらず、資本に対する人格的従属をも、もたらした。こうした労働者の資本との関係における地位は、社会生活にも反映し、人間らしく自己を主張する権利も実際上奪う結果となつていつた。このような、労働者の人たるに価いしない悲惨な生活から抜け出るためには、労働者は団結するほかに方法がなかつた。労働運動の歴史が明らかにしているように、労働者の団結は、労働者の人間らしく生きたいという、きびしい怒りと要求に支えられた行動であつた。この労働者の団結は、市民法の下で違法の評価を受け、あいつぐ弾圧を受けたのである。しかし、労働者は団結し、ストライキを行ない、資本の譲歩をかちとることによつて、一歩、一歩、その悲惨な経済状態を次第に改善し、更に人間としての自己を解放していつた。

まさに労働者が人間らしい生存を確保するためには、労働者と資本の地位の実質的平等と労働者と資本からの自由を実現するほかなく、そのためには、労働者の団結と団体行動が必要・不可欠であつたのである。かかる運動こそ人間の尊厳に値する生存を人権として把握する生存権理念を生みだし、これを生み出した労働者の団結、団体行動をも、権利として認識せしめることとなり、遂にこれらの行為の合法性を承認せしめるにいたつた。

(二) 労働基本権の本質

このように、労働基本権の生成・発展の歴史と、その承認の意義をみるならば、労働基本権は、次のようにみることができる。

第一に、労働者が人間らしく生きるための不可欠の権利として、すなわち、他をもつて代えることのできない本質的な権利として形成されたということである。

第二に、それは実質的な自由と平等を確保するためのものであつて、単に、経済的地位の向上のものではなかつたということである。もとより、労働基本権の行使にとつて実質的な対等をかちとり経済生活上の貧困の改善こそが中心的であり直接的な課題ではあつたが、同時にかかる権利の行使は貧困と経済的劣位の改善をとおして、あるいはこれとともに、資本に対する人格的従属からの解放をかちとり、またそれまでの社会生活における、物もいえず、人間としても扱われず、自らの権利も行使できない状況からの脱却をはかり人間としての自己を解放し、その尊厳を確立していつた。

いいかえるならば、労働基本権は、労働者が人間らしく生きる経済条件を生み出すものにとどまらず、資本からの人格的従属から脱却し、また社会生活において市民的権利を行使しうるにたる条件を生み出す基本的基盤なのであり、労働者によつて、彼が有するすべての基本的人権の基礎にある根源的権利である。

このように、労働基本権を、労働者が人間らしく生きるための、その尊厳を貫くための本質的な不可欠の権利すなわち、根源的な権利とみるならば、労働基本権の制限に当つては、他の人権にもまして慎重になるべきことは当然であり、ましてや全面的に禁止=剥奪=するというが如きは、人間としての生きる権利と人間としての尊厳の保障の全面剥奪であつて断じて許されるべきではないし、また、これに代るべき代償措置など考える余地もないのである。

(三) 争議権のもつ意義

労働基本権を以上のようにみるとき、なかでも争議権はとりわけ重要な意義を荷つていることに注目する必要があろう。すなわち、団体交渉において労働者が使用者と対等な地位に立ちうるのは、まさにストライキの威力によつてであり、この意味でストライキ権は労使の対等性を実現するための決定的な契機であるといいうる。スト権の裏づけを欠く団体交渉は、単なる陳情に等しく、生存権の確保の機能を果たしうるものではない。スト権に支えられた団体交渉権が「完全なる団体交渉」(fulloollectivebargaining)と呼ばれるゆえんもそこにある。この意味で、団結権・団体交渉権は争議権と一体として保障されて始めて労働基本権は、生存権保障の具体的権利として目的を達することができるのである。

二  争議権制限の手段、方法

(一) 右のような争議権が、憲法上勤労者に保障されているとはいえ、もとより無制約的なものではなく、「公共の福祉」によつて一応の制約を受けることはある。しかし、争議権制限の根拠となる「公共の福祉」の概念は、基本的人権相互間の矛盾、衝突の調整原理であることを意味するのであり、基本的人権とは別の、国家的利益や公益がその内容となつているとみるべきではない。「公共の福祉」概念は、基本的人権相互の間の矛盾・衝突を調整する原理としての実質的公平の原理ともいうべきものであるから、右の概念を用いて基本的人権を制限しようとする場合には、制限の内容を具体的に検討し、それが人権の実質的な保障を確保するために必要かどうかを判断すべきものである。

(二) すなわち、基本的人権が今日の社会における人間の至高の価値として憲法に定着したことを考えると、人権の制限は「公共の福祉」を理由とする場合であつても、その制限の範囲・程度は必要最少限度にとどめなければならない。すなわち人権制限は、右のような価値をもつ人権を制限してもなおかつそれと同等又はそれ以上に守られなければならない価値を他の人権が有する場合でなければならないという必要やむを得ない場合に限られるべきである。特に労働基本権のようにその権利の行使が常に第三者の生活利益とかかわりをもつ権利については、かかわりを前提として権利が保障されている経緯を考えて矛盾・衝突の調整を考慮すべきである。矛盾・衝突の調整は、衝突する権利の性格によつて、異らざるを得ないが、当該人権の行使が他人の人権に侵害を及ぼすかどうかおよびその程度は相対的であつて、その権利行使が他人の人権の重大な侵害をもたらすことは一般的にごく特殊な例外を除いて考えることはできない。したがつて、このようなごく例外的な場合を除いて、単に人権相互の衡突のおそれが抽象的に存在するという理由で、事前に一般的に禁止することは許されない。

その例外的な場合とは例えば当該人権の行使が他の国民の生命・健康などに直接的侵害をもたらすおそれが合理的に想定できる場合などを意味しよう。権利行使の仕方や態様により調整の必要が出てくる場合でも、その調整が他人の権利侵害のおそれが具体的にかつ明白に存在するかその危険が現存する場合にはじめて考慮されなければならない。このような場合にはじめて制限の必要性が生じたというべきである。さらに人権尊重の趣旨からするならば、その制限の必要性が生じても、制限の方法・程度は、権利侵害の程度・態様に応じて異つてこなければならない。例えば侵害の程度が軽微な場合に、規制措置を必要以上に強くすることは許されず、規制で足りるものを禁止という手段を用いて制限するということは、許されない。すなわち制限が必要である場合その制限も、必要最少限度に止められるべきである。

(三) 右のように、基本的人権の制限一般について論じた制限の論拠と限界は、労働基本権とりわけ争議権の制限についても、そのままあてはまる。そこにおける必要最少限度性の要求や、明白かつ現在の危険の法理は、争議権についても適用される。そうであれば、このような制限は、全面一律のスト禁止というような労働基本権の存在自体を否定する立法や論理とは両立し得ないものである。そしてたとえば争議権の制限が考えられる場合としては、次のような事態が一応想定される。

イ ストライキが国民の生命・健康の安全を直接的に侵害するかそのおそれが現存する場合

ロ 右イの段階には至らないが、ストライキの継続が国民の生活に回復し難い損害を残すおそれがあり、国民の生活基盤を破壊しあるいは深刻な打撃を与える場合

ハ 右ロの段階には到らないが、国民がストライキの継続によつて生活上何らかの不利益を受けるにとどまる場合

検討すれば更に細かい区分が出来るが、類形的にはこの三つの場合が想定されよう。いうまでもなく、制限の対象となる争議行為というのは、労働者の提供する労務が何らかの形で、使用者以外の第三者の便益にかかわりを持つている場合を意味し、ストライキにより使用者がどのような打撃を受けるかは、直接関係がない。

ところで労働基本権ー争議権ーの本質を前述したように解した場合、右ハはおよそ制限の対象となり得ない。公衆の日常的便益は労働者の生存権にまさるほど重大なものとはいえないからである。ストライキの制限が問題となり得るのは労働者の生存権的利益を一時的に犠牲にしてもなお且つ守られなければならない法益が存在する場合であり、この場合にはじめて、スト権と国民の入権との間に矛循・衝突が生じたというべきであろう。右イ、ロの事態の場合はじめてその制限が検討されることになる。しかし、この場合においても、制限の方法は、前に述べた必要最少限度の制限という要請は守られるべきである。したがつてたとえば前述イの場合には通常争議行為の禁止が考えられようが、禁止という形をとらなければ、争議権の制限が不可能である場合にのみそれは限られるべきであり、禁止以外の方法によつて回避される場合にはその方法によるべきことになる。また前述ロの場合には、事前の一般的禁止はできないが、事態の発生によつては規制が可能となる。しかし、規制の場合でも、規制の手段、方法を選択することは必要であり、たとえば、事前予告によつてその危険性を防止できる場合には、それ以上の強力な規制手段をとるべきではない。労働関係調整法(労調法)の争議行為規制措置(同法第三五条ノ二、第三六条)はこのような意味で合理性を有するものである。しかし、このような規制措置を超えて、争議行為を一律全面的に禁止することは、許さるべきことではない。

四  しかも、公労法適用の三公社五現業の職務は、多様性に富んでいる。その職務は、多かれ少なかれ国民の権利や日常生活に、直接間接にかかわりあいを持つているが、その職務については公共性が高いとみられるものもあろうが、他方、きわめて低いものもある。

したがつて、その職務が停廃したからといつて、国民の生命健康安全を直接に侵害するかまたは侵害のおそれが現存すると一般的に断定することは非常に困難である。従つて前記(三)イに該当するとはいい得ないので、これらの職務について全面一律に争議行為を禁止することは許されず、公労法一七条の違憲性は明らかである。

三  公労法第一七条の制定過程と違憲性

(一) 我が国においては、終戦とともに労働者の団結が解放され、昭和二〇年一二月二二日に労働組合法(昭和二〇年法律第五一号、以下旧労組法という)が公布されて翌昭和二一年三月一日から施行され、はじめて労働者の争議権が保障されるにいたつた。同法は、警察官吏、消防職員および監獄職員については、労働組合の結成およびこれに対する加入を全面的に禁止し、右の警察職員等を除く一般の官公吏についても命令をもつて別段の定をすることとしていたけれども、実際には、特別の定がなされたことはなく、同法は、一般の公務員を原則として一般企業の労働者と同様な労働者として争議権を有するものとしていた。

(二) その後、昭和二一年九月二七日には労働関係調整法(法律第二五号。昭和二七年改正以前のものを現行の労調法に対して便宜旧労調法という)が制定された。旧労調法は、官民を問わず、すべての労働者を対象としていたが、同法は、現行労調法第八条に定めると同一業務の公益事業の労働者が争議行為を行なうにあたつては、調停の申請を行なつてから三〇日を経過しないと争議行為を行い得ないという制限をおいたほか、警察官吏、消防職員、監獄職員その他国または公共体の現業以外の行政または司法の事務に従事する官吏その他の者の争議行為を禁止した。しかし、右現業以外の行政または司法の事務に従事する官公吏以外の公務員については争議行為は禁止されることはなかつた。同法は、公務員という身分によつてではなく、公務の内容、性質によつて争議行為を規制しようとするものであつたからである。そして当時大蔵省専売局、同地方専売局に属して専売事業に従事していた公務員は、争議行為を禁止される公務員の範囲に該当しないとされ(厚生省労政局長名の労調法解釈例規第一号(昭二二・五・一五))、専売事業に従事する労働者については争議権が全面解放され、民間公益事業に加えられていた争議規制すら全くなかつたのである。

(三) それなのに、昭和二三年七月二二日連合国最高司令官マツカーサー元師は、当時の芦田首相宛にいわゆるマツカーサー書簡を交付し、国家公務員法の全面改正の着手と公務員全体の争議行為の全面禁止をうながした。それにより、同月三一日「昭和二三年七月二二日付内閣総理大臣宛連合国最高司令官にもとづく臨時措置に関する政令」(政令二〇一号)が発せられ、公務員の一切の争議行為および労働協約の締結を目的とする団体交渉を禁止し、争議行為禁止の違反者に対しては、一年以下の懲役または五〇〇〇円以下の罰金を科すことと定めた。従前争議権を保障されていた専売事業従業者は、公務員としての身分を保有するというただそのことだけを理由として、政令二〇一号の適用下におかれ、団体交渉権と争議権を剥奪されることになつた。

(四) 政府は、昭和二三年一二月に国家公務員法を改正し、国家公務員の労働法上の地位に根本的変更を加え、国有鉄道、大蔵省専売局職員を除くすべての公務員を労働組合法による保護から人事院の管理のもとに移した。そしてそれまでの国家公務員のうち国有鉄道、専売局については、これを公共企業体として、その職員の労働関係について、公労法を制定した。公労法もまた国家公務員法の改正同様、国鉄、専売事業職員の争議行為を禁止することを主眼として制定されたのである。すなわち前述のマツカーサー書簡は、鉄道ならびに塩、樟脳、煙草の専売などの政府事業を管理運営するために適当な方法で公共企業体を組織すること、右事業の職員は普通公職から除外すること、しかして雇傭の標準方針ならびに手続を適正に定めかつ普通公職の場合に与えられている保護に代えるに調停仲裁の制度が設けられなければならないが、同時に職員において雇傭されている責任を忠実に遂行することを怠り、ために業務運営に支障を起すことのないよう公共の利益を擁護する方法が定められるべきこと、をうながした。政府は、右書簡が命令したように、当時特別会計によつて行なわれていた鉄道事業および専売事業を公共企業体へ組織替えすることを無条件に受け入れ、その結果、日本国有鉄道法および日本専売公社法が制定されることになつた。そしてこれらの事業が公社化されることに伴い、これら公社職員に国家公務員法が適用されないこととなるので、国家公務員法にかえて特別の労働関係立法が制定されることになつた。このようにして制定されたのが公労法であり、法案作成も短期間に強行され、国会における法案審議においても、公労法第一七条の争議禁止規定が憲法の労働基本権保障の趣旨に抵触するものであることが自覚されながらも、占領軍の指令にもとづくものであることが一方的に強調され、審理が強行されたのである。

(五) 以上の次第で、公労法はともかく国内法の通常の立法形式をとつて成立したが、それは前述のマツカーサー書簡に根拠をおくもので、同法が占領軍の指示による国家の異常事態下での過渡的立法であることは明白である。その立法にあたつては、憲法第二八条との適合性は、全く考慮されておらず、また争議行為を全面一律に禁止すべき合理的必然性も存在しない。したがつて、占・領が終了した講和以後の憲法秩序下においては、当然に妥当性を失ない、違憲とせられるべきものである。

四  国際的にみた争議権保障の状況とくにILOの動向

(一) ILOはすでに一九七〇年の段階において、いわゆる七〇年報告、とくにその第二部において、以下のことを指摘している。すなわち、第一にいわゆるパブリツクサービスの拡大にともなう最近の傾向は公務員をよりいつそう民間労働者の地位に近ずけつつあること、このことは当然、公務員のなかに、民間労働者と同様な団結活動をうみだすこととなつたこと、雇用条件の決定についての職員参加は、世界の大部分で勢いを得ていることなどである。このことは当然に労使関係において、パブリツクサービスは、その特殊性を失なつてきていることを示す。第二に、かつては、公務員の雇用条件を決定する権限を政府の側でいろんな理由によつて固執し、団体交渉による対等決定をうけいれるうえで、多くの問題があつたこと、しかし、過去二、三〇年来、政府当局が一方的決定を下す権限がしだいに侵食されていく現象が多くの国で発生し、労働協約の締結を要求する団体交渉がおこなわれるようになつてきたこと、政府の側でも労働者代表と合同でそのような決定を下すことの重要性をしだいに認識していることなどである。第三に、パブリツクサービス遂行における混乱をさける方法はストライキの禁止によるという伝統的な考え方は、過去二〇ー三〇年間に展開した事実の前に後退を余儀なくされ、パブリツクサービスも労働争議から自由な領域ではなくなつてきていること、政府をして公務員ストライキにたいする立場を再検討させることになつてきていること、そして、ストライキが違法とされなくなり、あるいは違法ではあつても、単なる禁止によつて阻止することのできない社会的事実として、政府によつてうけいれられている事例がますます増加していることなどである。

以上のように、労働関係における公務員の特殊性は否定され、労働基本権、そして争議権について一般私企業の同一の取扱いをめざす傾向こそが、今日の国際的常識であるし、争議権を制限・禁止するについても、個別に職種を限定し、あるいは具体的に公衆の健康、福祉に対する重大な侵害等の基準をもつて限定するのがその傾向である。公務員であることだけを理由として、かつ争議権を全面一律に禁止する立法は姿を消しつつあるのが現状である。

(二) 専売労働者の争議権に関するILOの見解

1 「ドライヤー報告」と専売労働者の争議権

日本の官公労働基本権問題に関する日本の労働者の提訴に対して、ILOはドライヤー氏を委員長とする調査団を日本に派遣し報告書を提出せしめたのが、いわゆる「ドライヤー報告」、すなわち、「日本における公共部門に雇用される者に関する"

「すべての公有企業が、公共の困難を惹起するがゆえに真に不可欠な事業と、この基準によれば不可欠でない事業とを、関係法律上区別することなく、ストライキ権の制限に関して同一の基盤で取り扱われることは適当ではない。」(二一三九項(a))

「ストライキは、公共企業体、国有事業及び地方公営企業においては絶対に禁止されている。現在、日本の法令においては、その活動の中断が社会に対し現実の困難を課する企業と、このような中断がより小さい程度に公共の利益に影響を及ぼす企業(例えばたばこ専売)との間になんらの区別も設けていない。このような区別を認めることによつてのみ、政府、総評間に現存する見解の基本的な相違に橋渡しをする方向の前進が遂げられる。本委員会は、適当な境界線が設けられることを勧告する。」(二一四〇項)

以上によつて、専売職員の争議行為が他の公企体等に比較し「公共の利益」に及ぼす影響が「より小さい程度」のものであり、他の公企体等に対比して争議権の取扱いに区別を設けるべきことが国際的な公的勧告として日本政府に対してなされている。

こうして、少なくとも争議権の禁止の許されないことが明らかにされたのである。

そして特に、争議権禁止が問題とされている業務として、「たばこ専売」が唯一の例としてあげられたことは注目に価するところである。これはドライヤー委員会が「たばこ専売」は争議権禁止の許されないもつとも代表的な例として、考えたからに他ならないと推察される。

2 「第一三九次報告」と専売労働者の争議権

一九七二年一一月、日本政府に対し全専売労働組合をはじめとする日本の公共部門における数組合からなされた提訴について、ILO結社の自由委員会がまとめた「第一三九次報告」は、第一九一回ILO理事会に付議され承認された。

第一三九次報告において、専売公社員の争議権に関する結社の自由委員会の報告はつぎのとおりである。

「一九八 特に、以前取り扱つたたばこ及びアルコール専売に関する日本関係事件において、委員会は、すべての公有企業が、争議権の制限について、その業務の停止が公共の困難を引き起こす故に真に重要なものとこの基準によれば重要でないものとを関係法令において区別することなく、同一の基盤において取り扱われることは適当とは思われないことに政府の注意を喚起し、また、本問題のこの側面を検討するよう政府に示唆するよう理事会に勧告した。結社の自由に関する実情調査調停委員会もその報告(同報告第二一三九頁)において同じ見解を表明している。また、同委員会は、『すべての公共企業体及び国営事業並びに地方公営企業の活動が等しく重要であるということは認めることができない。比較的重要でないものにおいては、公共の利益はすべてストライキが等しく禁止されることを要求していない。』と指摘している(第二一三六項)。」(総評第四・五次ILO提訴団報告書八八頁。)そして日本に関するILO結社の自由委員会の第五四次報告及び、いわゆる「ドライヤー報告」すなわち「日本における公共部門に雇用される者に関する"

「一九九 委員会は、政府が造幣局、印刷局、アルコール、塩及びたばこの専売事業の上記の基準による真に重要な産業であるということについて明らかにしなかつたと考える。関係労働者による作業の停止は、公共の不便を引き起すといい得るかも知れないが、それが重大な公共の困難をもたらすと考えることができるとは思われない。したがつて、委員会は、上記の原則及び考察並びにこれらの国営事業の職員のストライキ権に関する状況を再検討することが望ましいことに政府の注意を喚起することを理事会に勧告する。」国内問題への介入をさけることに配慮しているILOがあえてわざわざ専売職員の争議権について具体的に論究し、その回復の方向を改めて支持し、日本政府にたいして少なくとも争議権の禁止が許されないことを重ねて勧告したのは専売職員のスト権解放はあまりにも当然のことだからであつた。

(三) 以上のようなILOの見解や諸外国の立法例によれば、国際的に確立した見解は、専売職員の争議権は解放されるべきことを当然の前提としている。それは専売事業の特質に着眼したからにほかならず、争議行為によるその一時的停廃が国民生活にもたらす影響を考慮してもなお専売職員の争議権を禁止すべきでないとしているのである。もはや公労法第一七条の違憲性は明白であるというべきである。

第二専売労働者の争議行為と公労法第一七条

一  たばこ専売事業の特質と争議行為の制限・禁止

(一) たばこ専売事業の公共性の特質

たばこ専売事業も一定の公共性を有するが、その公共性は、国民生活とのかかわりかたにおいて、争議行為を禁止・制限することを必要とする具体的実態を持つものではなく、たばこ専売事業の公共性を理由に専売労働者の争議権を禁止、制限することは許さるべきではない。

1 たばこ専売事業の公共性の具体的実態

(1) たばこ専売事業が、専売制度を採用しているのは、いうまでもなく喫煙の利益を保護するためでなく、専売益金による国家・地方公共団体の財政収入を確保するためである。

すなわち、公社は日本専売公社法にもとづいて、毎年純利益金から内部留保額を控除した金額を翌年度五月三一日までに専売納付金として国庫に(同法四三条の一三)、地方税法にもとづき毎月販売高を基礎に所定の方法で算出した金額をたばこ消費税として地方公共団体に(同法七四条以下、四六四条以下)、それぞれ納付することになつている。

このように国および地方公共団体へのたばこ納付金は、年間を通じてその収入が確保されるたてまえになつている(地方公共団体においてもたばこ消費税が年度予算に組みこまれるため同様の結果となる)。

(二) ところで、専売納付金の国家財政に占める割合は、これを昭和三九年度以降についてみると、昭和三九年度の四・八パーセントを最高に年々低下し、昭和四九年度には、ついに一・七パーセントにまで低下している。また、たばこ消費税の地方財政に占める割合も、昭和三九年度以降、わずか二・〇パーセント前後である。

その国家・地方財政全体に占める寄与率は、以上のごとく低位である。

(3) このように、たばこ専売事業の公共性とは、国家・地方財政全体のなかで占める寄与率は、まことに低いものの、国家・地方財政のなかで予定されている専売益金による一定の財政収入を確保することに求めることができる。

2(1) このように、財政確保を目的とする公共性は、国民の日常生活に直接的に「公共の困難」(「ドライヤー報告」二一三九項a)をもたらすものではないから、争議行為を禁止することはもとより、制限する根拠ともなり得ないのである。

(2) すなわち、専売労働者の争議によつて財政上の収入に減少を生じたとしても、それは、私人間の争議における使用者の収益減と本質的には変りはないのである。財政上の収入の減少は、使用者が経済的打撃をうけた、というに過ぎない。

使用者が、対抗関係にある労働者の争議行為によつて経済的打撃をうけようとも、そのことは争議制限の理由とならないことは言うまでもない。

(3) 以上のような見解に対しては、政府の財政収入の減少は、ひいては国民生活に対する施策につき支障をもたらすおそれがあるから、私人間の場合と異なり、国民生活にかかわりをもつものであつて、単なる使用者の経済的打撃とは異なるとの反論がなされるかも知れない。

しかし、もともと争議行為にのぞみ使用者は、労働者の要求をいれることによつて争議を解決するのと、争議に突入させても要求をいれないのと、いずれが利益であるかをその計算において選択する。そうしてみると、政府が専売労働者の長期かつ大規模な争議行為によつて財政上の減収を生じてもやむをえないものとしてあえて専売労働者の要求をいれず、そのために収入減を生じたとしてもそれは、政府が自らの計算と責任において、国民に対する施策について十分実施できると確信し、選択された結果として生じた現象にすぎない。

したがつて、本来、国民生活に支障を生ずる余地はないし、もし生じたとしても、政府の判断の誤ちの結果であつて、争議行為による結果とみるべきではない。

3 たばこ専売事業の特質からみて争議行為を制限、禁止する現実的な合理性、妥当性はない。

(1) 以上のように、たばこ専売のもつ財政収入確保のための公共性はそもそも争議行為を制限し、あるいは禁止する論拠となり得ないのであるが、かりにこの点に関し、財政収入確保を公共性の具体的内容とする事業については、一般に争議行為を制限し、あるいは更にすすんで禁止する論拠となりうるとしても、そのような制限・禁止が問題とされる必要性があるのは、当該事業の内容からみて、財政収入確保に現実的に支障をもたらすおそれのある場合に限られるというべきである。

したがつて、たばこ専売の納付金のごとくそれが国家、地方財政のなかにおいて、きわめて寄与度のひくいものである場合には、国家、地方財政が弾力性を有するものであり、しかも、争議行為によつて生ずる現実的影響は事実上存在しないか、存在したとしても、きわめて軽微であると考えられるときは、争議行為を制限・禁止する論拠(少なくとも禁止すること)とはなりえないと考える。

(2) 専売納付金とならんで間接税の代表的なものに酒税があるが、その国家財政に占める割合は、昭和二五年以降、専売納付金のそれを上回り、昭和四九年度には約二・五倍に達している。

それにもかかわらず、酒造業にかかわる労働者の争議権が何ら制限されていないのも、またその他の事業についても同様であるのも、それ自体、専売労働者の争議行為を制限・禁止することの不合理性を示すものであるが、また、以上の論拠のひとつとしてあげられるであろう。

(3) 本件たばこ専売事業にかかわる労働者の争議行為については、財政収入確保について、現実的に支障を生ずる余地は全くない。したがつて制限・禁止(少なくとも禁止すること)すべき合理性・必要性は、全く存在しない。

(二) たばこ専売労働者の争議行為による財政収入確保への影響

1 たばこの生産、製造、配送、販売過程における専売職員の関与と争議行為の影響

(1) たばこの生産から販売に至る過程

(イ) 葉たばこの生産葉たばこは、たばこ耕作者によつて生産され、専売職員は基本的に、耕作の許可、葉たばこの収納の他関与しない。

(ロ) たばこ製造 葉たばこは、葉たばこ取扱所に集荷され、以後、以下のような製造過程にはいる。

葉たばこ取扱所から輸送されてくる原料葉たばこは、原料工場で葉たばこ葉片と葉骨に分離され、それぞれ別々にたる詰にされたのち倉庫内に二、三年貯蔵され、熟成発酵したものが製造工業へ送られてくる。

製造工場では、たるに蔵置された原料を解包し、除骨葉(葉片部分)と中骨(葉の筋の部分茎)をそれぞれの工程で加湿したり、砂糖・グリセリンなどを加えて調整し、除骨葉たい積サイロと中骨たい積サイロに貯蔵して水分と香料を全体に滲透させる。そののち除骨葉と圧展した中骨を截刻機にかけてそれぞれ細かくきざみ、この刻んだ除骨葉と中骨を一定の比率で混合したうえ、乾燥・冷却・銘柄特有の芳香性の香料を加えて、刻サイロに貯蔵する(原料加工工程)。

このようにして調整された原料は、管のなかを風送され巻上機に運れ、ここでフイルターがつけられる(巻上工程)。巻き上げられたたばこは、包装機までトレー車で運ばれて一定の包か(箱)

につつまれ、その製品が梱包されて出荷されるという一連の流れをたどる(包装工程)。

公社は、右の製造過程のうち、原料倉庫から製造工場へのたる詰め原料の運搬や、フイルター付たばこ用のフイルター、接着用ノリなどの生産と供給、さらに段ボール詰めのための包装の生産と供給などの業務を民間に下請委託している。したがつて、たばこ製造過程において専売労働者の争議行為のもたらす影響の直接具体的なものは、主としてたばこ製造工場の操業が停止することだけである。

(ハ) 配送 製造工場から出荷され、流通基地あるいは公社の倉庫に配送される製造たばこは、公社が日通などに依頼し、配送するが、それらの集配所から小売店への配送は、今日ではすべて民間の配送会社(全国に五社)によつてなされている。

したがつて、専売職員の争議行為は、基本的に配送過程に影響をもたらさない。つまり、工場の操業が一時的に停止しても、一定の製造たばこのストツクがあれば、たばこ小売店へのたばこの供給はなされることになる。

(ニ) たばこの販売 販売は、すべて民間の小売店においておこなわれ、専売職員は基本的には、その指導・調査のほか関与しない。

(2) 民間の関与と争議行為の影響

(イ) たばこの販売による財政収入の確保という側面からみるとき、たばこ専売労働者の業務は、製造過程の主要な部分をしめるにとどまり、製造過程の一部分(フイルター、ダンボール詰めの包装の生産・供給など)は民間にゆだねられ、また葉たばこ生産、たばこ製品の配送販売過程は基本的に民間によつてなされているということが指摘されなければならない。つまり、葉たばこ生産、たばこ製造、配送販売の全過程のうち、専売職員の関与する部分は、一部分であるということである。

(ロ) ところが法制上は、専売職員の関与する業務の停止のみ争議行為が禁止され、その余の争議行為は禁止されていない。

財政収入確保を、たばこ専売事業にかかわる労働者の争議行為を禁止する論拠とするならば、右のように製造過程にかかわるすべての労働者の争議行為を禁止しなければならない筈であるのにことさらに争議権を有する民間労働者に、その業務の一部をゆだねていること自体、本来専売労働者の争議行為を禁止する合理的理由のないことを意味している。

ことに財政収入確保の観点からみれば、もつとも不可欠なことは、財政収入確保に必要な一定量の販売がなされることであつて、たとえ製造がとまつても、一定量のストツクがある以上、配送がなされていれば、販売に支障を生ずる余地はない。ところが、いかに製造がなされていても、配送がとまれば販売はできない。とくに、集配所から小売店に対する配送がとまることは販売に直接影響が出てくることになる。しかしこの間の配送は、争議行為を禁止されていない民間の配送会社に委託されている。このように重要な動脈ともいうべき配送が、民間の配送会社に委託されていることは、専売労働者の争議行為を禁止することの不合理性を実証して余りある。

2 争議行為とたばこ製造への影響

(1) 年間の製造計画

たばこ製造工場の操業が停止すれば、多かれ少なかれその間製造されるべき製造量が減少することは当然のことである。それこそがまさに争議なのである。

しかし、争議権の当否を考えるにあたつて検討されるべきは、争議行為による製造工場の一時的操業停止によつてたばこの製造がどの程度減少したかではなく、国および地方公共団体の財政収入確保とのかかわりにおいて、その製造減が財政収入に影響をもたらしうるか否か、どの程度もたらしたか、すなわち、争議行為によつて販売上支障をもたらし、そのため年間を通じて確保されるべき財政収入に影響をもたらすことがあるか、ということにある。

さきにも述べたように、国家・地方財政にあてられる専売益金は、年間を通じて一定の収入を確保することが予定されている。そのため、前年度の販売実績をもとに年間の販売計画を立て、これに照応して年間の製造計画が立てられる。現実の製造もまた、そのときの販売状況に応じて調整される。その製造の実態はまことに弾力的である。

(2) 製造調整

したがつて、たとえ争議行為によつて一時的に製造減を生じようとも、年間を通してその製造減が回復されれば、財政確保の観点からは争議行為による製造への影響はまつたくないということになる。現に公社の製造計画は、増製などの製造調整をはかるため設備能力をある程度下廻る基準で立てられており、その稼働率をあげることによつて製造を調整しているのが実態である。そのため一時的にある銘柄に国民の需要が増大し、製造予定を上廻つた場合には、ただちに増産にうつりうるのである。このようなことはしばしば発生する。したがつて争議行為により一時的製造減を生じても、年間予定に占める割合いはまことに微々たるものであるため、短期間にその製造減は回復される。

(3) 製造実績

昭和三九年度から昭和五〇年度にかけてのたばこ製造の実績をみると、昭和四一年度と同四二年度を除き、すべて、その実績が製造計画をはるかに上回つている。実績が計画を下回つた昭和四一年度と同四二年度は、スレツシング導入や公社の製造工程の合理化が進んだ時期で、訓練や機械の移設で作業の能率が低下したためであり、争議行為の影響によるものではない。

このことは、争議行為禁止体制後、最大の規模でストライキ(いわゆるスト権スト)がおこなわれた昭和五〇年度においても、実績が計画を上回つていることからも明らかである(昭和四一年度と同四二年度においても、専売納付金が予算を上回つていることは、後に述べるとおりである)。

(4) 結論

以上によれば、専売労働者の争議行為による職務の一時的停廃がもたらす年間を通じての製造への影響は認められない。したがつて、年内の製造計画には支障をもたらす余地はなく、販売に支障をもたらさない以上、財政確保に何等の障害を生じせしめえない。

3 販売への影響

(1) 専売労働者の争議行為が販売過程においてもたらす影響とは、たばこの製造が停止し、販売小売店に配送するべき商品がないため、販売小売店の店頭からたばこが姿を消すことである。すなわち、さきにも述べたように配送、販売は民間で行なつているため専売労働者の争議行為が直接配送販売業務へ影響をおよぼすことなく、製造業務への影響が販売業務へ間接的に影響をおよぼす余地がありうるにすぎない。

(2) ところで、たばこ専売事業は、年間を通して国および地方公共団体の財政収入を確保することを目的とした財政専売事業であつて、その販売計画も当然のことながら、年間を通して立てられる。したがつて、仮りに一時的に販売減を生じたとしても本来、年間を通して販売計画が達成されれば、争議行為によるたばこ販売への影響はまつたくないことになる。

ところが、仮りに一時的にせよ販売減を生ずることさえ、専売事業の実際にそくしてみるならば、現実にありえない。

公社は製造工場にある部分あるいは輸送中のオンレール部分、そういうものを在庫として大体ひと月分程度はいつも確保している。在庫がひつ迫した特定銘柄については、在庫確保のため、超過労働による増産すらおこなわれている。また小売販売店も大体一三日から一六日分の在庫を有している。その販売活動は専売労働者の争議行為の期間中も続けられているのである。したがつて、強いて争議行為によつて在庫製品が底をつき、販売減を生ずる場合を想定するとすれば、一ケ月を超える全面無期限ストライキを実施した場合がこれにあたる可能性はある。しかし、そのような事態は、専売の労使関係の実状にそくしてみれば、これまでもなかつたし、今後もあるわけがない。

全くの仮定論にすぎないが仮りにそのような事態が出現したとしても、その販売減は一時的なものであり、年間を通して販売減が回復されれば販売予定計画に支障をきたさない。まして、国および地方公共団体の財政収入に影響をおよぼすことは全くありえないことである。

(3) 昭和三九年度から昭和五〇年度にかけてのたばこの販売実績をみると、その実績は公社の銘柄の出し方、あるいは消費者の嗜好の関係、喫煙率との関係等の動向に左右され、製造実績と異なり、公社独自の内部独力のみによつて達成されうるものではないが、その点をさておいても、ほぼ一〇〇パーセントの実績をあげている。

販売計画を下回つた年度をとつてみても、それが争議行為によるものでないことは、これまで市場からたばこがなくなつたとか、あるいは小売店に買うたばこがなかつたということがなかつたことにおいて明白である。

以上によれば、争議行為による販売への影響すらまつたくないのである。

4 財政収入への影響

たばこ専売事業の財政専売事業としての目的、専売の労使関係の実状からみて、専売労働者の争議行為によるたばこの製造減が、国民に対する販売にも影響をもたらし販売減を生じる余地さえ、現実にありえない以上、その販売減による財政収入への影響などそもそも考えにもおよばない。

現に、これまで争議行為による財政収入への影響は全くない。昭和三九年度から昭和五〇年度にかけての納付実績をみると、一貫して年度当初の予定額を上回る実績をあげている。

(三) たばこ専売労働者の争議行為の制限・禁止

1 争議行為の全面・一律禁止は許されない。

以上述べてきたように、たばこ専売事業の公共性は、それによる財政確保に求めることができ、たばこ専売に従事する労働者の争議行為は、財政収入確保に支障をもたらす余地は全くないことが明らかとなつた。したがつて、たばこ専売事業に従事する労働者について、争議行為を全面・一律に禁止することは許されない。

2 専売労働者の争議行為の制限が例外的に許される場合があるか。

それでは、一定の条件のもと、制限を加えることは許されるであろうか。

(1) 争議行為による職務の停廃は一時的である。争議行為として通常予想される期間おこなわれる専売労働者の争議行為は、専売労働者の職務の特質および実態のいずれからみても制限すべき理由がない。

(2) それでは、大規模な争議行為が長期間にわたり、たばこの生産減がついに国民に対する販売にも影響をおよぼし、その販売減が財政収入の現実的影響をもたらす場合はどうか。われわれは、その収入減が国または地方公共団体が他の財政収入をもつてまかないきれないため現実的財政運営上、国民に対する施策に具体的な支障をもたらす場合に限つて、争議制限の合理性が発生すると考える。

仮りに、収入減の程度がこのようなものでなく、一定の収入減をもたらす余地が生じる場合には制限されうると考えても、そのような場合は現実に起りうる余地はないのである。

(3) しかしながら、右のように現実に起りうる余地がない場合について、一応の想定をたて仮りに制限することが認められるとしても、その手段・方法は、必要最少限度にとどめなければならず、その場合に限つて、たとえば労調法の定める緊急調整制度方法を考慮すれば足りると考える。

3 結論

第一に、たばこ専売労働者の争議行為一般を制限することは許されず、例外的に長期にわたる場合に制限することはありえても、全面・一律に禁止することは許されない。

第二に、したがつて、たばこ専売労働者に適用されている公労法一七条の争議行為全面禁止条項をたばこ専売労働者について適用することは違憲であり、違憲判断を回避するためには公労法一七条の争議行為全面禁止条項は、たばこ専売労働者に適用すべきでない。

第三に、以上の当然の帰結として、本件争議行為は、その態様について検討するまでもなく正当である。

二  塩専売事業の特質と争議行為の制限・禁止

(一) 塩専売事業の特質

1 塩専売事業の目的

塩専売事業はたばこ専売事業と同様に財政専売を目的として明治三八年に発足したが、すでに大正七年に、財政収入確保の目的は放棄され、今日ではもつぱら塩の需要と価格の安定といわゆる公益専売をその目的としている。

2 塩専売事業の内容

ところで、塩が製造されて流通におかれるまでには次のような過程をたどる。

(1) 製造・検査および収納

塩の生産は今日すべて、新日本化学工業株式会社をはじめとする民間会社(七社)がおこなつている。生産された塩はその後、公社が検査したうえ製造業者から塩製品を収納する。右の業務のうち、公社が関与するのは生産許可ならびに検査収納である。

(2) 回送・販売

収納された製品は消費地へ回送するが、まず元売人(卸売業者)に売渡され、さらに元売人は小売人におろすことになつている。その回送は、公社の責任のもとにおこなわれるが、実際の運送は、すべて民間の輸送保管業者(元請二社)にまかされている。

また、元売人、小売人などの販売人も、すべて民間人であり、公社は、その指定業務ならびに製品の価格決定に関与するにすぎない。

(3) 公社の業務内容

以上のように塩の製造から消費に至る過程の大部分が民間によつてになわれており、公社の業務は、製造許可、販売人指定、価格の決定などその監督、もしくは調整に限られている。

しかも塩専売事業における公社の機能については、昭和四六年一月の塩業審議会において、塩産業の近代化が達成され自立化産業に脱皮した段階では、現行塩専売制度による規制の必要性はきわめて薄くなるので、それに至る過程においても、漸時公社機能の調整をはかり、公社の組織機構についてもこれに対応して簡素化することが必要であるとの趣旨の答申をしている。

現に塩専売事業にたずさわつている公社職員は漸次減少し、今日では三〇〇名程度であり、たばこ専売事業と業務している職員をあわせても八〇〇名程度にすぎない。その果す機能は、まことにうすい。

(二) 塩専売労働者の争議行為の影響

以上のように塩専売事業の特質からみて争議行為によるその事業の一時的停廃が、現実の塩製造、流通に支障をもたらすことは考えられず、まして国民生活へ影響をおよぼすことは全くありえない。塩専売法によれば、塩製造の許可は、一応無期限に、塩販売人の指定は三年以内の期間を定めてなされ、期間満了にあたつても申請を要しないで引続き指定することができる等、継続的取扱いがなされている。また、元売人、小売人の手元には、それぞれ、需要の変動に対応するため二ヵ月ないし三ヵ月分のストツクをかかえている。このこと自体をとつてみても、争議行議による公社の監督、調整業務の一時的停廃が塩の製造、流通過程に影響をおよぼさないとは余りにも明白なのである。

国民生活とのかかわりにおいて争議行為がもたらす影響が最も大きいものは塩製造工場における争議行為によつて塩の製造が停止することであり、また回送会社等の争議行為によつて元売人、小売人などの販売人への回送がなされないことである。それにもかかわらず、これらの部門にかかわる労働者の争議行為は何ら制限されていない。すなわち塩の製造過程の労働者は、日本塩業労働者組合の組織下にあり、争議権はもとより保障されているのである。

塩専売労働者の争議行為を全面的に禁止することが、著しく合理性、妥当性を欠くことは一層明白なのである。

(三) 結論

以上によれば、塩専売労働者についても、公労法一七条を適用することは違憲であり、違憲判断を回避するためには、公労法一七条の争議行為全面禁止条項は塩専売労働者に適用すべきでないのである。

(証拠)〈省略〉

理由

第一本件争議行為と懲戒処分

一  被控訴人らがいずれも控訴人(公社)山形工場に勤務する職員であること、公社は、昭和四四年四月二六日(以下特に年を表示しないものは、昭和四四年を指す。)、被控訴人らが同月一七日午前八時の始業時刻から同一一時一〇分までの間一斉に業務に従事せずに山形市農協会館における集会に参加する争議行為(本件争議行為)に参加し、職場秩序をみだしたとして、このことが日本専売公社法(公社法)によつて適用される公労法第一七条に違反し、したがつて日本専売公社職員就業規則第六八条一号に違反し、ひいて公社法第二四条一項に該当するという理由で被控訴人らを戒告処分(本件懲戒処分)に付する意思表示をしたこと、右戒告処分が原判決事実摘示第二、五、(四)1記載のように、定期昇給、昇格、特別加給等の賃金上の不利益のほか、賃金を基礎として算出する退職手当、退職一時金、退職年金等の共済組合法の長期給付、出産費、配偶者出産費等の同短期給付は、業務災害における災害補償等の算定にも影響を及ぼす不利益処分であること、は当事者間に争いがない。

二  本件懲戒処分の対象となつた本件争議行為が行なわれるにいたつた経過は、当事者間に争いがない事実および弁論の全趣旨によると、おおむね次のとおりであることが認められる。

(一)  被控訴人らは、いずれも公社山形工場包装課に勤務する職員で、同工場において製造紙巻たばこの包装関係業務に従事しており、公社職員約三万八〇〇〇名をもつて組織する全専売労働組合(全専売)に加盟し、全専売仙台地方部山形支部包装分会に所属している。

(二)  昭和四四年のいわゆる春斗において、全専売本部(本部)

は、公社本社(本社)に対し、二月二五日、一月一日以降の基本給の引き上げおよび個別基本給の是正(いわゆるベースアツプ、組合員一人平均一万一五〇〇円の原資をもつて基本給を引き上げることなど)、年度末手当の支払い、通勤手当等各種手当の改正、時間短縮および休日休暇等の改善等三三項目の要求を提示して団体交渉を求め、これに対する回答を三月一〇日までに文書をもつてすることを求め、山形支部は、公社山形工場に対し、三月五日、ベースアツプ等一二項目の要求を提示した。

(三)  右の要求に対し、本社は、三月一〇日、本部に対し、新賃金について

(1) 組合員一人あたり一万一〇〇〇円の原資をもつて基本給を改定すること、および高校卒の初任給を三万三〇〇〇円とすることについては目下検討中である。

(2) 組合員一人当り五〇〇円の原資をもつて個別基本給の是正を行うことはできない。

旨を文書で、他の要求項目については本社の考え方を協議の中で明らかにする旨口頭で、それぞれ回答をした。

(四)  三月一七日、本部は、三月二四日以降勤務時間内くい込み行動の指令権を各地方部に委譲することおよび同月二七日に勤務時間内職場大会を配置することをそれぞれ決定し、三月一八日、勤務時間内職場大会を全国の工場のほか、地方局等でも実施することを指令したので、本社は三月二〇日、本部に対し、公社仙台地方局は同月二五日全専売仙台地方部に対し、山形工場は、同月二四日山形支部に対し、それぞれ右のような業務阻害行為は法の禁止するところであるのみならず、組合要求について交渉中に正常なルールを無視して違法不当な行為をすることは容認できず、したがつてかかる違法不当な行為に対しては、相当な処置をとらざるを得ない旨の警告をした。

(五)  三月二四日、山形支部は、山形工場内の食堂等にビラ貼りを行ない、同二六日には新賃金要求、職場要求等について、勤務時間内くい込み課長交渉(くい込み時間二三ないし二九分参加人員四四二名、減産、巻上一三八万九〇〇〇本、包装一四〇万一〇〇〇本)を行なつたので、これに対し、山形工場は解散を呼びかけ、警告を発した。

なお、職場要求については、翌二七日、山形工場、山形支部間において、その処理につき意見の一致をみた。

(六)  四月三日、仙台地方部はストライキ実施の賛否投票を実施したところ、山形支部では投票総数五三二票中賛成が四二三票であつた。

(七)  前示の賃金要求については、四月七日から本部と本社において交渉が続けられてきたが、本部は本社の態度を不満として民間各単産のストの集中する四月一七日の公労協第一波ストライキを背景にしながら有額回答を求めざるを得ない情勢にあるとして、同月九日、中央斗争委員長名で各地方部委員長宛四・一七公労協統一第一波ストライキに関する準備指令を発し、山形工場など一三支部において四月一七日始業時から三時間ストライキに突入できるよう準備体制を同月一三日まで確立するように指令したので、山形支部は、同月一〇、一二の両日職場大会を開催し、同月一二日工場の食堂、廊下、正門等に多数のビラ貼りを行ない、同月一四日ストライキ宣言文を食堂等に掲示するとともに、職場大会を開催してストライキ宣言を決議した。これに対し、本社は同月一二、一四、一六日本部に対し、仙台地方局は同月一四、一六日仙台地方部に対し、山形工場は同月一四、一六日山形支部に対し、それぞれ従前同様の警告を発し、山形工場は、同月一五日職員各人宛にも同様の警告文を郵送した。

(八)  賃金交渉において、公社は四月一五日、職員の賃金引き上げについては五パーセントを下回らない方向で今後の民間賃金の推移もあわせて検討したい旨回答したが、本部は、従前の要求額に比して右の回答は、低きに失するとして、同日午後一一時三〇分、公共企業体等労働委員会(公労委)に対して調停を申し立てる旨を通告した。そこで本部は同月一六日、中央斗争委員長名をもつて、山形工場支部包装分会に対し始業時から三時間の部分ストライキに突入することをく叩じるストライキ指令を発し、その結果山形工場において被控訴人らが参加して本件争議行為が行なわれた。

三  つぎに、包装課の業務は巻き上げたばこ(ハイライト、わかば)を二〇本入りの箱詰めにしたうえ、セロハンで上包みをし、これを二〇個ずつボール箱につめ、ろう紙で包装し、さらにこれを二〇個づつ段ボール箱で包装する作業のほか、巻き上げたたばこを巻上げの職場から包装の職場まで運搬する作業を含んでいることおよび本件争議行為によつてハイライト四八〇万三〇〇〇本、わかば五八八万四〇〇〇本の包装ができなかつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉を総合すると、山形工場における包装機の回転数は一定しているので、一定時間包装の業務が停止すると、本来その間に失われた作業量は後に取り返すことができないが、山形工場においては、本件争議行為を予想してあらかじめ巻上機から包装機へ巻上げ製品を運搬するトレー車(八万四〇〇〇本人り)の予備を準備しておいたため、当日の巻上げ作業工程は支障なく行なわれるとともに、本件争議行為により包装工程が停止したために生じた約一〇五〇万本(トレー車約一二五台相当)の未包装の滞荷については、その後、巻上機と包装機の稼働力の余裕の利用や調整人員の活用によつて約三日間ぐらいで包装が完了し、通常の作業工程に復帰したこと、右の滞荷の回復とは別に、本件争議行為によつて包装ができなかつた分がただちに減産につながるとして計算上の損害を算定すると、定価にして金三六八六万四〇〇〇円、そのうち国庫納付金、消費税相当分として二三七七万〇四七五円となることが認められるのであり、この認定を左右するに足る証拠はない。

第二公労法第一七条の合憲性

一  被控訴人らは、公共企業体等職員の争議行為を全面、一律に禁止している公労法第一七条は日本国憲法に違反すると主張するが、公労法第一七条が合憲であることはすでに最高裁判所の判例が明示するところである(最高裁判所大法廷昭和四一年一〇月二六日判決刑集二〇巻八号九〇一頁など)から、被控訴人らの主張は採用できない。

二  被控訴人らは、公労法第一七条を被控訴人ら専売公社職員に適用することは違憲であると主張する。

(一)  しかし、日本専売公社法によると、公社は、たばこ専売法、塩専売法、製塩施設法、塩業組合法、たばこ耕作組合法及び塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法にもとづき、たばこおよび塩の専売事業の健全にして能率的な実施に当ることを目的とするものであり、右の目的を達成するため、(イ)葉たばこ、製造たばこ用巻紙および塩の買入、(ロ)製造たばこおよび塩の製造、(ハ)製造たばこ、製造たばこ用巻紙および塩の販売、(ニ)葉たばこ、製造たばこ用巻紙及び塩の生産者の指導および助成、(ホ)葉たばこ、製造たばこ、製造たばこ用巻紙および塩の販売者の指導および助成、(ヘ)葉たばこ、製造たばこ用巻紙および塩の輸出および輸入、(ト)右のほか、たばこ専売法、塩専売法、製塩施設法、塩業組合法、たばこ耕作組合法及び塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法に定められた事項の実施に関する業務、(チ)右に附帯する業務、を行うものとされていることに加えて、〈証拠省略〉によると、公社は、昭和四四年(本件争議行為当時)当時において、成年男子の約八〇パーセント、成年女子の約一五パーセントにあたるたばこ嗜好者にとつて日常不可欠なたばこの供給を確保し、さらに国民の日常生活に不可欠で代替性のない生活必需品であり、化学工業の基礎原料としても不可欠な塩の供給を確保し、同時にそれらの業務を通じて葉たばこ耕作者、たばこ小売業者、塩生産者、販売業者を指導育成し、更に最も重要な点として国庫に対する専売納付金(昭和四四年度は金二五五八億円、国庫財政の三・六パーセント)、地方公共団体に対する地方たばこ消費税(昭和四四年度は金二一九九億円、地方財政の二・七パーセント)を負担することにより、国および地方公共団体の財政を支える役割を果たし、実際に公共性を有する事業を行なつていることが認められるのである。このような公社の専売事業が現実に果たしている公共的な役割を考えれば、国が、従前大蔵省専売局、地方専売局で直接行なつていた専売事業を公共団体に移管し、公社をして行なわせるについて公社の資本金を全額国において出資し(公社法第四条)、財政面および業務面においても大蔵大臣の承認、認可等の公的統制を強化するとともに、その職員についても、公社と職員の組織する労働組合との間に発生する紛争について公労委によるあつせん、調停および仲裁のいわゆる代償措置の制度(公労法第二六条、第二七条、第三三条)を設ける反面、公社の管理および運営に関する事項を団体交渉の対象から除外し、業務の正常な運営を阻害する争議行為を職員および組合に対して禁止し、職員ならびに組合の組合員および役員に争議行為の共謀、あおり、そそのかしを禁止するなどして、公社の専売事業の公的機能を完全に発揮し、専売事業が正常に運営されることを確保しようとすることも立法政策の裁量の範囲内にあると解する余地があり、専売職員に対し公労法第一七条を含む公労法全体が適用されることは憲法に違反しないものと解すべきものである(最高裁判所大法廷昭和五二年五月四日判決参照)。

(二)  被控訴人らは、これらに対して、(イ)公労法の適用を受ける三公社五現業のうちには、国民の日常生活と密接なかかわりを有し、争議行為による業務の停廃が国民の生活に深刻な打撃を与える業務もあるが、たばこ専売業務は、いわば嗜好品の生産および販売業務で生活必需品の生産および販売と異なるところから、国民の生活に与える影響という点では争議行為による業務の停廃の結果国庫に対する専売納付金、地方たばこ消費税が減少することに伴う、間接的なものに過ぎないこと、(ロ)公社の年間の製造計画および販売計画には十分弾力性が持たされており、かりに争議行為が行なわれたとしても年間の製造業務および販売業務に与える影響は極めて間接的か皆無に等しい状態でひいて争議行為が専売納付金やたばこ消費税を減少させるおそれも乏しいこと、(ハ)たばこ製造工程に関与する専売職員の労働部門はその一部に過ぎず、製造工程のうち、原料倉庫から製造工場へのたる詰め原料の運搬やフイルター付たばこのフイルター、接着用のりなどの生産と供給、段ボール詰めの包装資材の生産と供給の業務ならびに製造工場から流通基地あるいは公社の倉庫への配送および倉庫から小売店への配送業務等は今日すべて争議権を保障されている民間企業に委託されているところから、専売職員が担当する製造工程の一部の労働についてのみ争議権を否定することは、民間労働者との均衡も失するし、たばこ製造販売業務の停廃を防止するという点での実益も之しくなつていること、(ニ)塩専売業務においても、塩の製造業務は民間に委託されていてその労働者は日本塩業労働者組合の組織のもとにあり、争議権は保障されていること、(ホ)たばこ専売制度を採用しているイタリー、オーストリア、フランスの諸外国においては専売事業の労働者に争議権が保障されていること、(ヘ)ILOに設置された、日本における公共部門に雇用される者に関する結社の自由実情調査調停委員会の報告書(いわゆるドライヤー報告)でも、すべての公用企業が、ストライキ権の制限について、その業務の中断が公共の困難を惹起するが故に真に重要な事業と重要でない事業とが関係法律上区別されることなく、同一の基盤において取り扱われることは適当でないとしたうえで、たばこ専売事業をその活動の中断が公共の利益に影響を与えることのより少ない企業と判定していること、(ト)公労法制定以前、旧労組法、旧労調法当時には専売職員にも争議権が認められていたこと、(チ)現に公社の阪田泰二前総裁は、昭和三九年一二月一七日の第四七回国会参議院社会労働委員会において、公社業務の公益的影響は少ないから公社職員の労働基本権については一般私企業の労働組合と同様に取り扱うことが相当である旨答弁し、昭和四一年当時の東海林武雄総裁も企業の本質から公社職員に争議権を認めるべきであると述べているほか、公社が昭和四三年一一月に公けにした長期経営計面においても労働基本権については、その制限排除の方向を今後とも支持すると述べるなど、専売職員に争議権を認めようとするのが公社の方針となつていることなど、専売職員の争議権をめぐる公社内外の客観的な条件あるいは意見を列挙して、専売職員が争議権を奪われていることは不当であり、公労法一七条を適用することは違憲である旨を主張するのであり、〈証拠省略〉には、右被控訴人らの主張にそう事情も一部認められ、専売事業の公共性の特質にかんがみ、その正常な運営の確保と専売職員の労働基本権の保障とを調和させた立法政策が望まれる段階に達していることは窺われるが、このような政策の当否はともかくとして、憲法第二八条と公労法第一七条との解釈としては、前示最高裁判所大法廷昭和五二年五月四日判決の判示するところにしたがい、公労法第一七条を専売職員に適用することも憲法に違反しないと解するのが相当であるから、被控訴人らのこの点に関する主張は採用できない。

第三本件懲戒処分の効力

一  被控訴人らは、本件争議行為が公労法第一七条に禁止する争議行為には該当しないと主張する。しかし、既に第一の二以下で判示したように、本件争議行為は、参加者こそ山形工場包装部門という公社の全製造現場からいえば小規模で小数の労働者がした三時間一〇分という短時間の単純な不就労行為であり、その影響による包装の滞荷も三日問位で解消したというものであるが、本部と本社間で行なわれていた専売職員全体の賃上げ交渉が四月一五日に物わかれに終り、本部が公労委に調停を申請しようとする段階において、公労協第一波ストライキとして本部中央斗争委員長の指示において行なわれたいわゆる部分ストライキであり、その規模、態様からいつて公労法第一七条において禁止する争議行為に該当することは明らかというべきである。専売職員については、公労法第一七条の禁止する争議行為を解釈上長期かつ大規模で、現実にたばこの供給に重大な支障をきたし、そのため国の財政確保に重大な支障をもたらすおそれのあるもの、少なくとも財政に影響をもたらすおそれのある態様のものに限定すべきであるとする被控訴人らの主張は採用できない。

二  右のように本件争議行為が公労法第一七条に違反する行為であると認められるところによると、公社および山形工場は、前示第一の二の(七)記載のように、四、一七公労協統一第一波ストライキに関する準備指令がだされ、山形工場などにおいて部分ストライキが計画されたのち、再三にわたり本部および山形支部に対し公労法第一七条に違反する争議行為をしないよう警告し、同月一五日頃には被控訴人ら山形支部の組合員個人宛にも業務の正常な運営を阻害する行為に参加することを禁止し、万一参加した場合には、就業規則等にもとづき単純参加者といえども厳重な処分をする旨の業務命令を庁内の掲示、放送さらには組合員の家庭に対する郵送によつて徹底したことに加えて、本件争議行為中にも、山形支部執行委員長宛に、開催中の集会が職場の秩序を乱し業務の正常な運営を妨げるものであるからただちに解散し、職員を職場に復帰させるよう再三通告したのにもかかわらず、本件争議行為がスト指令どおり行なわれたという事実が認められる(警告に従わなかつたこと自休は被控訴人らも争つていない)のであるから、被控訴人らのこのような警告違反の行為が、日本専売公社職員就業規則第六八条第一号に定める「社内で暴行・強迫等の乱暴を働き、または風紀、秩序等をみだした者」という要件に該当するとして公社が同条の懲戒処分の対象としたことに違法な点はないというべきである。ちなみに同就業規則第五条は、職員は、法令および諸規程を守り互に人格を尊重し、かつ上長の職務上の命令に従い、秩序を正しくして就業しなければならないと規定しているのであり、右の規定と前示第六八条一号を対照すれば、本件のように上司からの再三の警告に反して行動したことが秩序を乱したことに該当すると解されても止むを得ないというべきである。

三  被控訴人らは、本件争議行為は労働者が団結して集団としてその労務の提供を拒否し、使用者の指揮命令を排除して正常な企業秩序の維持運行を阻害する組織的団体的行為であるところ、争議に入つた場合は、懲戒制度が機能する平等の使用者の正常な業務、企業秩序の確立を保障する基礎が失われるとともに、平常時の個別的労働関係を規律する個別的制裁である懲戒処分は争議行為に親しまないから、かりに争議行為が違法であるとしても争議行為に参加したことを懲戒処分の対象とすることはできないと主張するが、労働者の争議行為が懲戒権を排除し得るのは、その争議行為が目的および態様において正当とみなされる場合に限られるのであつて、本件争議行為のように違法な争議行為の場合は、これを組成した個々の労働者の行為が個別的労働関係上の規制を受けることは当然と考えられるから、被控訴人らの主張は採用できない。

また、公労法一八条は、同法第一七条違反の争議行為禁止の規定に違反した者は解雇されるものとし、公社就業規則(〈証拠省略〉)によると、右違反者については、公社においては右規則第五五条の免職の規定の対象者として取り扱い、懲戒処分の対象として明文の規定をもうけていないことが明らかであるが、公労法第一八条は違法な争議行為を行なつた者に対し、これを経営から排除し得ることを規定したにとどまるものであつて、同条が存在することが、解雇にまでいたらない不利益を職員に与えることを禁止していると解することはできないから、公労法第一七条に違反した職員に対し公社法に定める懲戒をなし得ることは明らかである。そのほか、被控訴人らの本件争議行為が懲戒処分の対象とならないという被控訴人らの主張は採用し難い。

四  最後に本件懲戒処分が懲戒権の濫用にあたるかどうかを検討する。

本件懲戒処分である戒告処分が、第一の一で判示したとおり、原判決事実摘示第二、五、(四)、1記載のように定期昇給、昇格、特別加給等の賃金上の不利益のほか、賃金を基礎として算出する退職手当、退職一時金、退職年金等の共済組合の長期給付、出産費、配偶者出産費等の同短期給付、業務災害における災害補償等の算定に影響を及ぼす不利益処分であることは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によると、須藤さえについては、本件争議行為による賃金カツト額は八一三円であるのに対し、戒告による昇給延伸による不利益は昭和四五年一ケ年において金四一〇五円であることが認められるなど、一般に、争議行為による賃金カツトよりも戒告処分に伴なう経済的不利益ははるかに大きく、しかも昇給延伸に伴なう不利益は、公社に勤務している期間回復し難いところから、その制裁内容は決して軽微とはいいがたいものであり、被控訴人らは三時間一〇分の単純不就労という本件争議行為の態様と処分の不利益が均衡を失しているという不満のほか、昭和四一年以前と昭和四八年以降においては、争議行為自体は反覆されているのにもかかわらず、単純参加者については懲戒処分がなされていないことから同種行為者との不平等感を有し、あわせて前示のように公社側自体専売職員の争議権は解放されるべきであるという姿勢を公言しておりながら本件懲戒処分を維持していることの不当性を強調していることが明らかであるが、反面、〈証拠省略〉によると、公社側は、昭和四一年までは公労法第一七条違反の争議行為に対し指導的役割を果たした者についてのみ懲戒処分を行ない、単純参加者については、賃金上の差別を伴わない訓告または厳重注意の内部的な措置を講じていたが、違法な争議行為を防止し得なかつたので、昭和四二年度から単純参加者に対して懲戒処分を行うこととし、本件争議行為についても参加者に対し、一律に、懲戒処分としては最も軽い戒告処分を選択したこと、また、本件懲戒処分の採用にあたつては、本件争議行為の違法性、すなわち四月一七日現在においては、公社側では賃金引き上げについて五パーセントを下回らない線で検討したいという回答をしていて交渉が決裂したと見るべき段階ではなかつたのに、被控訴人らは、公労協統一ストというスケジユール斗争の一環として、しかもスト権奪還という政治目的もかねて、第三の二判示のとおり公社側の再三の警告を無視して本件争議行為におよんだという違法性を高度のものと評価する態度があつたことが認められる。このような当事者双方の主張を懲戒処分の適否の判定の基準、すなわち、裁判所が懲戒処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場にたつて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかを判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著るしく妥当を欠き裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべき基準(最高裁判所第三小法廷昭和五二年一二月二〇日判決など)にてらして検討すると、前示被控訴人ら主張の諸事情によつては、いまだ、懲戒権者である公社が本件懲戒処分を賦課した当時、社会観念上著るしく妥当を欠くと認められるほどに裁量権を濫用したとは認め難いといわざるを得ず、懲戒権濫用の主張もしたがつて採用し難いということになる。

第四結論

以上の次第で、公社が被控訴人らに対してした本件懲戒処分は結局適法と解すべきものであるから、その無効の確認を求める被控訴人らの本訴請求は、失当として棄却すべきものである。よつてこれと結論を異にする原判決を取り消して被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 守屋克彦 田口祐三)

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